「いいか!絶対逃げきるぞ!約束だからな」
血煙と爆炎が湧きたつ戦場のどこかで、友人の叫び声が聞こえる
新型魔導兵器は信じられないほどあっさりとねじ伏せられた
早い段階で撤退も考えた、けれど援軍が来るまでせめて持ちこたえて有利な形で撤退しようと全員を戦闘に投入し、総力戦に切り替え奮闘した
随伴させていたレギオンスラッシャーが次々と破壊されていき、新兵器もなすすべもなくダメージを受け続ける
こちらが必死に応戦しているのに、奴らは涼しい顔でそれをいなし、反撃してくる
真綿でも殴っているようにこちらの攻撃は手ごたえがないのに、奴らの攻撃は膝も笑うほどの鋭い攻撃が絶え間なくやってくる
英雄と呼ばれるそいつは、雑草でも刈っているように黙々とこちらに損害を与えてきた
援軍なんて、影も形もない
いよいよ限界だと撤退を行おうとすれば、味方ではなく敵の援軍が挟撃をかけてくる
奮闘するも、兵力は次々と削られていく
最後の手段だと自爆装置を作動させるものの、それすら行わせてもらえず新型兵器は鉄くずに変わる……
「援軍は!?援軍はまだなのですか!!」
「チクショウ!死にたくねぇよおぉぉ!」
兵士の絶叫が聞こえる
撤退だと告げる自分の声がむなしく響く、一体どう逃げろというのか
「こっちだ!こっちの包囲なら突破できる!」
友人の声を頼りにしゃにむに走り続ける、その先の敵兵の射撃をかいくぐるが一人、また一人と倒れていく
絶対に死にたくない!死にたくない!
できるだけ後続に射撃が届かないよう、ガンシールドを水平に構え走り続けるが、雨のように降る攻撃の全てを防ぎきれず傷は増えていく
敵の包囲をなんとか強引に突破し、ただただ後ろを向かずに走り続けた
「とまるな!走れ!逃げろ!!」
不意に後方から連中の勝鬨が森中に響いた
包囲を突破したのではなく、奴らはもう勝利を確信して戦闘状態を解いたのだ
勝鬨の声が、ことさら惨めな気持ちにさせる
考えるな、安全な場所まで走り続けろ
仲間がいればまだ戦える、生きていればまだチャンスはある
生き残るんだ、少しでも多く!
どのくらい走ったかもわからない
息も絶え絶えになり倒れこむように立ち止まる
ここまでくればきっと大丈夫だ、生き残ったんだ
全員を安心させてやらないといけない、そう思い振り向いた
そこには誰もいなかった
鬱蒼とした森の中で、光もなく
随伴無人機も、あの気怠そうだった軍団兵も
あの見慣れた腐れ縁の友人も
何もなかった、闇だけしかなかった
どう歩いたのかもわからない、そもそも歩いていたかどうかすらもわからない
ボロボロの体を引き摺り、ガンハンマーを杖にして基地にたどり着いたときにはもう夜が明けていた
もしかしたらあいつらが先に帰ってきているかもしれない……そんな淡い希望は『帰還者はお前以外いない』という言葉に切って捨てられる
違う、きっと、まだ帰ってきてないだけなんだ
手当を受け、基地の入り口に座り込んだ
あいつらが帰ってきたら、うまいものを食わせてやろう
あいつらが帰ってきたら、生きててよかったと喜ぼう
あいつらが帰ってきたら、先に逃げのびてすまなかったと地面に這って謝ろう
あいつらが帰ってきたら、援軍が来なかったことを一緒に文句を言いに行こう
あいつが帰ってきたら、次こそ勝とうと鼓舞しよう
帰ってきたら、帰ってきたら、帰ってきたら……
夕方になり、座っていることにもしんどくなってきたころ、後ろで仕事を終えたであろう他部隊の兵士同士がこちらを見ながら何げなく話している言葉が耳に入ってしまった
『おい、賭けは俺の勝ちだな』
『なんだよ来もしない援軍を待って全滅じゃなかったのかよ、1000ギル損した』
耳を疑った
最初から援軍をよこさないつもりだったばかりか、賭けの対象にされていたというのか
憎いぞ
一体何をしたというんだ
憎いぞ
あいつが何をした
あいつらが何をした
生きていることを運というなら、なぜ存在していることを罪だと言うのだ
それは運がいいと言えるのか
属州の軍人は、そんなにも目障りなのか
貴様らに価値がなくても、生きてるんだ、生きたいんだ
助けろとは言わない、せめて邪魔しないでくれ
何故お前は英雄と呼ばれ、立ちふさがり蹂躙していくのか
憎いぞ、天敵
俺は、お前が、憎い
本日 イーストエンド混交林にて新型兵器実験中に交戦
生存者1 以下生死不明
日没を以て、帰還しなかったものは戦死者と認定
彼らの人生は、たった数行の報告で幕を閉じた
共に逃げて生き残るという約束は、果たされなかった―――