とあるありふれた帝国兵の話

とあるありふれた帝国兵のお話 第4話 【属州上がりと菓子の味】

血の味がしなくなったころ、配属先が発表された

要領も悪く、機敏でもなかったが、わずかな取り柄が首の皮をつなげた

それは愚直で上官の言うことに忠実であること、体躯を生かした破壊能力の高さと大型兵装の取り扱いがうまかったこと

目をかけてくれた軍団が実力主義の気風と属州出身でありながら功績をあげている者が居る前例もあるということで「可能性あり」とギリギリ除隊とはならず、正式に市民権を得た軍人となることができたのだ

 

とはいえ主力部隊や最前線に送り込めるほどの力もなかったため、さして重要視されていない属州アラミゴの防衛部隊へと配属されることとなる

 

やっと実戦配備されたというのに戦闘どころか小競り合いすらない、武勲や出世の糸口すらつかめない現状は自分にとって大いに不満だった

 

けれど腐ってはいられない、こういう時の仕事は功績とは数えられなくとも、失態は厳しく数えられる

出来て当たり前の仕事をこなしたという一点だけが評価されるからだ

 

属州民を管理する、生かさず殺さず

暴力は振るえ、ただし壊すな、数日すれば治る程度のケガに留めろ

反抗の兆しは見逃すな、但し摘み過ぎてはいけない、絶望は心を殺す

属州民はゴミではない、家畜である 愛情を持って管理せよ 但し人と思うな

希望は消すものではない、長い年月を経て消えるものである

 

 

上層部の命令を元に独自にまとめて実践する

退屈な仕事、憎くもない相手を殴る手が痛まないわけではない

だがこれがお互いの役割だ

 

逆らうな、何もしなければ何もしないから

 

 

「よぉ、お互いつまんねぇところに配属されたなぁ」

同僚が今まで変わらない、いつも通りの軽い感じで話しかけてくる

腐れ縁は配属先でも続いた、訓練を受けていた頃とは違うお互い気の抜けた表情だ

「こんな制圧しきってる属州のお守りなんか何が面白いんだかなぁ」

同感ではあるが、そんな気持ちを表に出せば誰が何をいうかわからない

 

「……ところでよぉ、お前さっき属州のガキに何をしてたんだ?」

 

……しまった、見られてしまった

「なんだ、施しか?それとも賄賂を受け取ったのか?何か企んでいるのか・・・?」

……菓子だ

「菓子?金ではなく?菓子をもらったのか」

違う、菓子を渡したんだ、ガキに菓子をくれてやったんだ

「菓子をねぇ……なんで菓子なんだ?」

……金を渡せば親に渡る、親はその金を奪ってガキに同じことさせるかもしれない

ガキは腹を空かせたままだ

菓子ならその場で消える、親にはばれずに少しだけ幸せになれる

「……なるほどねぇ」

 

 

それは子どもの頃に見ていた風景

属州の子供を哀れに思い、施しに小銭を渡す帝国の人間が稀にいた

それを喜び持ち帰る子どもがいた

そんな子どもを待っているのはその金を奪い取る親か、帝国に情けをかけられたことを叱責し子どもを殴りつける親のどちらかだ

その金をあてにした親は子どもに物乞いをさせる、乞うた軍人が苛烈であればその場で切り捨てられる

 

叱責され折檻された子どもは帝国軍と親を過剰に恐れるようになる

 

 

どちらにせよ子どもには何も残らず腹を空かせたままだ

 

「金よりも菓子の方が幸せねぇ……なるほどねぇ」

お互い無言になる、密告されれば罰則、下手すれば除隊になる……!

「あのよぉ、俺さぁ、ここの出身なんだわ」

同僚はバツの悪そうにポツリポツリと話し出す

「配属見た時はマジかーって思ったよ、まさかなぁ、ここにこんなに早く帰ってくるなんてなぁ」

属州出身であるということは知っていた、けれどお互い深く聞こうとはしなかった

なにか触れてはいけない部分のような気がして、何も聞けなかった

「お前んところがどんなところか知らねぇけど、多分似たようなもんじゃねぇかな? しみったれてて、危なくて、薄汚くて、食うもんもなくてさ」

同じだ、属州なんてそんなもんだ

「こんなクソったれな場所でビクビク怯えて一生過ごすくらいならって故郷に砂かけて飛び出してきたけど、まさかな、もどってくるとはなぁ」

まくしたてるようにしゃべったかと思うと蓋でもしたかのように押し黙る

何も言えない、何も言わない

不自然を沈黙を恐る恐る小さく、まるでロウソクの火を吹き消すような小さな声で同僚は呟いた

「なんというか……ありがとうよ できないことをしてくれて」

 

 

お互いわかっていた

この行為は完全な偽善だと

それでも腹をすかせた子どもに菓子をあげるくらいいいじゃないか

 

お互い思っていた

この国の未来なんて考えていない、自分を幸せにしたくて必死なんだ

それは悪い事なのかよ

 

 

いいんだ、友よ

博愛や善行なんて、運が向いてから考えよう

今は子どもの口の中を甘くする程度でいいんだ

なぁ、友よ―――

 

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