とあるありふれた帝国兵の話

とあるありふれた帝国兵のお話 第14話 【人であることを捨てた日】

英雄を敵に回すということはこの世の理すらも敵に回すことなのかと絶望した

 

アジムステップには国家が存在せず、広大な草原に複数の部族が暮らしている地域だ

さらにその民族は戦闘にも優れているものもおり、完全に征服するには骨が折れる

だが所詮民族単位であり、帝国からみれば小規模な独立部隊がいる程度に過ぎない

土地的にもメリットがないから手を出してこなかっただけで、連携の取れない組織など烏合の衆に過ぎない

だからこそ奴らが紛争をしているタイミングを狙って仕掛けたのだ

 

だというのに!

ついさっきまで戦いあっていた連中が、英雄の……あの天敵のたった一言の号令で!

こちらを敵と認識し、轡を並べ波状攻撃を仕掛けてくる

連携なんてしてこないと踏んでいた蛮族どもが!

 

だがそれでもこちらの数の有利は揺るがない

作戦通り多対一の状況を作り極力孤立させ、英雄の撃破を目的とした本隊がアームドウェポンの援護の元で英雄に襲い掛かった

前回紙くずのように蹴散らされた時と違い、兵たちは必死に食らいついた

中には戦いにすらなっていない、泣きながら敵にすがりつくものもいた

絶対に死なない、死にたくない、その一心で戦うものばかりだっただろう

 

その奮闘もあって、序盤は実にこちらの作戦通りに事が運んだ

意気軒高であったとてついさっきまで命がけの戦いをしていた連中だ、疲労や大小怪我もしている

それはかの英雄とて例外ではなかったのだ

 

このまま押し切れる、手痛い被害を与えることができる!

そう思った瞬間に状況は無情にも一変する

 

金髪の女が、何かを叫んだかと思うと突如としてその場で祈りだした

命乞いでもしているのかと思った刹那、戦場に羽根が舞う

目の錯覚だと思った、高揚感が見せる幻だと思った

 

だがその瞬間、明らかに敵の動きが変わる

攻撃は鉛のように重く、稲妻のように鋭く

防御はまるでオリハルコンの様に固く

 

敵全員が明らかに強化され、ただでさえ個々の能力で劣る兵士が圧倒されていく

決死の形相で食らいついていた兵士が斬り伏せられ、撃ち落され、蹴散らされる

泣きながら、叫びながら、皆死んでいく

その場で部隊を強化する魔法など聞いたこともない、そんなものは人間の技だとは思えない

 

それでも必死に食らいつき、兵の数を減らしながらでも作戦は進む

虎の子のアームドウェポンはパイロット含め実によく奮闘してくれた

ただ無造作に発砲するのでなく、戦況を判断し兵士を生かすアドリブ援護もしてくれた

それに巨大兵器はそこに存在するだけで歩兵を鼓舞してくれる

 

敵が襲い掛かるが歯牙にもかけず蹴散らすアームドウェポン、その姿に皆が奮起し雄たけびを上げ戦い続ける

アームドウェポンが健在である限り、作戦は安泰だった

 

だがそんな考えは、アームドウェポンごと一刀のもとに切り伏せられる

 

一瞬の静寂の後に爆炎が立ち昇り、アームドウェポンがまるで空を掴むように前脚を天に向けてもがき崩れ落ちた

 

その眼前には、刀を持った侍らしき男が一人……!

 

兵たちは戦闘中にも関わらず敵から目をそらし、口を半開きにしその爆発を呆然と見つめる

後ろ盾を失った兵はすぐに視線を戻し目の前の敵に相対するも、力なく殺されていく

 

助けに行こうとも天敵は揺るがず、徐々に力負けしていく

気が付けばあれだけいた兵が半分以下に減り、抑え込まれている

合流も連携もできなくなっている

 

まるでこちらの作戦をそのまま仕掛けられていくように、敵は連携を仕掛け、連携の取れなくなった帝国兵を撃破する

 

それでも戦況を打破しようと横なぎにガンハンマーを振り回し視界が開けたところに新たな絶望が生まれつつあった

 

呪術師と思わしきものが2体の巨大な石像に魔力で繋がり、詠唱をしている

大気が揺らぎ、地響きがする

それらは身を震わせるほどに伝わり、やがて巨大な災害のように大地と空を大きく振動させる

 

あれはまずい、絶対にまずい……!

半ば叫ぶようにあの石像並びに術者の撃破を命令する

もちろん撃破に向かおうとしたけれど、アイツが目の前に立ちふさがる

どけ!あんなものを喰らったら……!

 

まだ動ける兵たちが必死に向かうけれど、敵の技で一瞬で拘束される

それも一人二人ではない人間が一気に拘束され自由を禁じられた

なんとか拘束を逃れ石像にたどり着いた兵が必死に攻撃を仕掛けるけれど、力ない攻撃は蚊ほどにも効かず

 

それでも必死に妨害するが、そんなもの意にも介さず術者が高らかに笑った

 

 

それを合図に同時に空が落ちてくる

 

 

轟音と爆風、どこに立っているのか、そもそも立っているのかもわからないほどの衝撃が絶え間なく襲ってくる

視界が奪われ、聴覚が奪われ、意識すらも奪われていく衝撃

その奔流はまるであの日、遠くカルテノーで光ったあの――

 

 

―――数秒かもしれない、数分かも知れない

意識を失い倒れていた体をもがくように揺り起こし、もやのかかったような頭を殴りつけて覚醒させる

 

空が落ちてくると錯覚させるほどの魔法が炸裂したところまでは覚えていた

その後どうなったのかを確認する為に、必死に周囲を確認する

 

 

あぁ……あぁ……

 

爆炎も、轟音もなくなった

泣く者も叫ぶ者も、戦う者もいなくなった

そこにあるのは青い空とどこまでも続く草原と、仲間の死体と、奴らと……!

 

奴らは構えすら解きこちらを睨みつけてくる

奴らは、殺さなかったのだ

他の全員は殺したのに、逃げる場所もない兵士は殺したのに

ただ一人、殺さなかったのだ

 

勝ち目のある戦いだったはずだ

兵士の数も十分で、作戦もうまくいくはずだった

奴らの異常な強さも計算した上で挑んだはずなのに

 

決着がついてみれば、奴らにまともな損害すら与えられずに自分以外みんな死んでいる

どんなに強くあろうとしても、奴らはもっと強くなって立ちふさがり蹂躙してくる

 

 

その目は何を言いたいんだ

殺すことすらしないのは哀れみか、嘲笑か

それとも殺す価値すらないと判断したか、晒し者にして士気を上げるための舞台装置として利用したか

いずれにせよ、お前はこちらのことなんて眼中にないんだな

 

その目は何を見ている

 

 

 

 

わかったよ、お前は人間じゃない

それ以上の何かだ

 

そんなやつに人間がいくら束になってかかっても、傷一つ負わせられるはずがなかったんだな

 

憎いぞ、英雄

憎いぞ、天敵

 

人であることで勝てないのなら、やめてやる

もっと強くなって、殺してやる

人間をやめてでも強くなってやる

 

 

 

何度目だろう、背中を向けて逃げるのは

泣きながら走った、当然の様に追手などない

奴らにとって狩る価値すらない、精々戦闘の結果を恐怖と共に持ち帰る伝書鳩程度の存在

あげる雄たけびは、広い空に吸い込まれていく

 

こんなにも空は青くて、降り注ぐ日差しは柔らかで、全ての者を讃えているのに

世界は楽しく生きることを許してくれない、ただ生きることすらも許そうとはしない

 

殺してやる、必ず殺してやる

雄たけびは止まらない

 

必ず 必ず 必ず殺してやる

耳の奥で『逃げてでも生き残れ』という言葉が聞こえた気がしたけれど

雄たけびにかき消されて、もう聞こえることはなかった―――

 

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